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Kokone-works

好き放題に、「お酒を飲んだ勢いで」。 サークル活動、はじめました。「ここだけネバーランド」というサークルの主催です。 

凶悪(白石和彌監督)

すばらしい。『凶悪- ある死刑囚の告発-』を原作に、故・若松孝二のお弟子さん・白石和彌監督が作られた映画……なのですが、原作未読・監督の前作未見のまま見てしまいました。主演山田孝之さんはウシジマくんのキャラじゃなくて、熱血漢の記者役で出ています。 ◇ 僕はこれ、カルマや因果論の話だと思いました。『恋する輪廻 オーム・シャンティ・オーム』の輪廻転生とか、『まどか☆マギカ』のキュウべえとの契約の要素に連なる概念ですね。(参考:<a href="http://www.bukkyouoshie.com/karuma/">「仏教の教えと迷走~原始仏教の世界」業(カルマ)</a>)←ここを見ると、元は行為そのものという意味が、時代を経てのろいのようなものに変わったそうで。 ◇ 冒頭でやくざ・須藤(ピエール瀧)が捕まり、山田さん演じる記者・藤井(警察のような拘束力を持たず、かつ自分の生活は認知症の母と嫁の問題で逼迫していて、編集部では身の置き所もないという危ない立場)が、そのやくざに、男とともに事件に関わっていた先生と呼ばれる木村なる人物を、事件現場から追いかけていくという話。 ◇ その過程で、須藤と先生とのかかわりが並行して挿入されるのですが、須藤は主人公が先生を追うように、殺す人物や裏切者をつぎつぎと追いかけては処刑していくような男です。つまり、主人公は須藤の存在の延長線上にいる人なんですね。 ◇ で、おもしろいのが、須藤が後半キリスト教に入信(収監されてる人が宗教に入信するというのは良くある話ですが、今回の場合はカルマや因果論の物語において大きな意味を持ちます)して、事件の捜査と並行して罪状に対して審議が進み、判決が出、判決を聞いた主人公はこのとき「死をもってつぐなうべきだ」とつきつけるのですが、ここですっかり感情移入していた観客=わたしは、はっとして、「ああ、悔悛する前の須藤そのものだ。と気づくわけです。ひいては、世の中で事件が怒るたびに他人事のくせに憤慨する私たちだ」と思いいたるのです。そして、藤井は、殺しという行為に対する償いという因果論を無意識のうちにつきつけている。そして最後に、だからこそともいえますが、かれは、ある人物を「殺す」ことになるのです。 須藤が(一家の長男とともに)木村の指示で借金苦にあえぐ一家の老人を殺したように、「仕方なかったんだ」と、「あらがえぬ力」に従うように……。 ◇ と、ありとあらゆる人間関係のたどる道が因果で連なっている、という構造の話だと思いました。