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Kokone-works

好き放題に、「お酒を飲んだ勢いで」。 サークル活動、はじめました。「ここだけネバーランド」というサークルの主催です。 

ソードアート・オンライン オーディナル・スケール(伊藤智彦)

2/19 

川原礫による原作・テレビシリーズ2作を有する『ソードアート・オンライン』初の劇場映画化作品。当然スタッフ・キャストはテレビシリーズの面子が続投されています。

桃太郎侍』や『木枯らし紋次郎』のような「流浪の凄腕剣士が行く先々で起こる様々な問題を解決する」という、今や古めかしいものとされるストーリーのひな型――『火星のプリンセス』に通じているか――が、VR・AR技術とオンラインゲームというフィールドを借りて魅力的に復活した。いわゆるチート剣士の物語は、実はだいぶ昔から存在したものである。

原作は2001年の秋ごろに執筆が開始されたweb小説。脳神経に接続されたゲームマシン内でプレイヤーが生き残りをかけて戦うというプロットは、同年公開された『名探偵コナン ベイカー街の亡霊』に通じている。このころはインターネットの黎明期で、士郎正宗の原作・および押井守監督の『攻殻機動隊』(とサイバーパンクジャンル)を大衆化させた『マトリックス』の1年半~2年後であった。ちなみに後述の内容にかかわるため記すが、1999年翌年2000年春は『デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム』が公開された時期である。

 

(以下ネタバレ)
 今回は『ポケモンGO』のムーブメントに通じる社会的見地にもスポットがあてられている。この中で出てくるVRデバイス(作中で「オーグマー:Augma」と呼称される)は、神経系に接続して拡張現実を体感させるデバイスであり、……ここからおもしろいことに、内蔵されている「オーディナル・スケール」というゲームのランキングによって、経産省・大企業から、クーポンやサービスなどの見返りを受けたり、報酬を獲得することができ(作中説明はないが、おそらくそれで生計をたてているものもい)る。それにより、ユーザー同士でハイスコアをとるために、町中のイベントクエストクリアや競争に躍起になっていて、社会的ムーブメントを引き起こしている……中核に悪役がいる。という設定が面白い。

これは、東映アニメーションが制作した『空飛ぶゆうれい船』(日本国内であればAmazon primeで視聴可能。一応『SAO』のTVシリーズも網羅できる)に通じている。黒潮物産というコンツェルンの社長が、企業はおろか政府・マスコミのフィクサーとなり、それらを使って黒幕・ボアの人類を根絶やしにする計画を補助すべく、ヒーロー側の仕業に見せかけて民衆の大量殺戮を行ったり、CMを流して競争をあおり――あの映画では旅行プレゼントの名目でボアジュースなる飲料を大量に飲ませて人間を溶かすという恐ろしい計画に知らず知らずのうちに主人公がジュースを飲みふけったばかりに中毒を起こして……という形で加担していてそれがヒーロー側の危機を引き起こすプロットだった。
この映画は1960年代制作であるが、すでにこの段階でアニメーションに、大企業や政府のテレビや広告を用いた大規模な印象操作に対する警鐘という観点を観客に与える批評性を有していた。それでありながら、60分目をはなさせない優れたエンターテイメントであった。ちなみに若かりし宮崎駿がアニメーターとして参加していて、ゴーレムの戦闘ですでにすさまじい仕事を見せておられたのは説明するまでもないだろう。
ただこの映画はそういう企業の恩恵をめぐる経済競争に飲まれた者たちの愚かさを主題にしてはいない(それでも僕はあのライブ会場にいた人たちとか自己主張のはげしい(吉田尚紀がモデル?)ニュースキャスターのような「大衆側」は死んでくれても特に悲しく思うことはないだろう)。誰でも楽しめるエンターテイメントを志向している。

 

本作のメインプロットは、そうしたところに集まるものの、ディープラーニング集合知による存在の構築である。
一応本作の重村教授の計画については、一例として<humai>という会社の死者を人工知能として復活させる研究がモデルだろう。
(参考・engadget 日本語版「死んだ人を生き返らせる」技術が30年以内に開発されるらしい?【動画】 リンク:http://japanese.engadget.com/2015/12/23/30/
(参考2.How Artificial Intelligence Will Bring Back Dead People To Life Within 30 Years link:http://www.messagetoeagle.com/how-artificial-intelligence-will-bring-back-dead-people-to-life-within-30-years/
しかし一応ナーヴギアの死因については脳みそが焼かれるという設定があるため、SAOプレイヤーが死んだ場合このテを使うことは不可能なので、人々の記憶からスキャンとディープラーニングを行い、存在を構築する……というのであるが、そもそも「そんな人がいたことすら知らない」という場合どうなのだろう(僕だって道端のミュージシャンをよく覚えてはいないし)。
だが、ヒトは死の間際に、これまでの記憶がフラッシュバックするという仮説がある。その記憶を頼りにしようと感じた(あるいはプロットでその仮説を用いている)のだろう。
であれば、今わの際のフラッシュバックからユナの記録を探り出せるのではないか。重村教授とエイジには、SAO内でユナの弾き語りを聞いていた多くの者がいる、という確信をもって行動に及んでいる。
彼らが記録集を開いて「僕は出てこない/覚えてもらえない」ということに固執するのは彼ら自身のプライドによるものというより、認知されていることが自らや近親者の生死にかかわる状況に置かれたからである。

私見ながら、ある社会的問題について異議申し立てするときの手順が、「お役所へ申告する」ところの一つ前に、「SNSで炎上させる」というものが加えられつつある。まず世論で人を動かさなければ確度を持った「声」にならないので役所が全く動いてくれなくなったため、この状況が確立されつつある。 もちろん、アフィリエイターやYoutuberがアクセス数に基づいた利益を増収させるために時に破壊活動や誹謗中傷も辞さない状況も。
……という世の中に符合するような、現実的な問題が見え隠れしたように筆者には思えた。SFやファンタジーの醍醐味の一つ。

こぼれ話であるが、本作を手掛けた伊藤智彦監督(本作が劇場アニメ監督デビューとなる)は、かつてマッドハウスという会社に勤めておられた。彼は『時をかける少女』(2006)『サマーウォーズ』(2009・いずれも細田守監督作品)で、助監督を務めていらっしゃった。細田守映画の中核を最前線で務めたといえる彼が、氏の影響を受けていないわけがない。

であれば、ネットのからむ危機をゲーム機器を使って解決するというプロット、バイクの二人(三人)乗り、プレゼント(指輪←→髪飾り)、スグの「島根にパソコンがない(転じてそこから決戦に駆けつける)」、あまりに強大なラスボス、ラストバトルの剣を一振りしてSAOのボスモンスターを蹴散らすキリトの一騎当千ぶりetc...は、間違いなく『ぼくらのウォーゲーム』の熱いオマージュとみて問題はないはず。(なのでもう一度劇場に戻られる際、ご覧になってから行くことを推奨)。ちなみにエンド・クレジットの右でそれぞれ別の原画マンが描いた主要登場人物がインサートされるレイアウトまで踏襲されている。僕はこれを伊藤監督自身(と川原礫氏)の細田監督(やこれまでかかわった作品のスタッフ達)に対する謝辞であると解釈しました。

ちなみに先ほど『ポケモンGO』をちらっと話題にだしましたが、『ポケモン』劇場版1作目の『ミュウツーの逆襲』も、娘を復活させようとするもかなわぬ夢と終る教授・その娘がらみのトラウマを抱えて闇落ちした敵役・そして演ずるは舞台俳優(SAO:エイジ:井上芳雄 重村教授:鹿賀丈史 ←→ ポケモンミュウツー市村正親)という共通点もあったりとか思い出したり。あんまり関係はなさそうですが。

今やってる映画では最も面白い部類の一本でしょう。オススメ……したいんだけどなあ。公式(アニプレ・角川・アスキー)がまさしく本作で異議申し立てしてたことそのまんまなことやらかしてなあ。鷲崎健さんを切り捨ててどこぞの戸田奈津子みたいな糞商売やってる馬の骨アナウンサーを使うなど。

2/22 どうでもいい追記

名匠・鈴木清順監督が亡くなられた。清順監督の遺作が2005年の『オペレッタ狸御伝』、その一つ前が1999年の『ピストルオペラ』である。このラスト2本の音響周りを手掛けたのが、本作の音響監督も手掛ける岩浪美和音響監督であった。また清順監督が生前『ルパン三世』を手掛けておられ、それがアニメーターに影響を与えていることは周知の事実で、本作のアニメーターたちにおいても例外はないはず。
そして、来る2/24に日本公開を控える『ラ・ラ・ランド』において、デイミアン・チャゼル監督が鈴木清順監督の『東京流れ者』からの影響をお認めになった。

この2本はしばらく各劇場の最大箱を占拠し続ける作品となるでしょうが、清順の影響を濃く受けた2作品がいま社会を席巻しているのは、因果なものです。